コロコロと口の中で黒飴を転がして舐めているお婆ちゃんがいる。
お婆ちゃんとは訪問診療がきっかけで知り合った。
自前の入れ歯が破損し、口の中が痛いので修理してほしいと依頼を受けたのだ。
左上には、一本歯が残っていたのだが、その歯は歯周病で保存が難しく、本人の了解のもと処置をさせてもらった。
その後は、本人が総入れ歯を強く希望されたため、新しい入れ歯を作成したのだが、なかなか本人の意向に沿う入れ歯を作ることができなかった。
痛みが続くと、お婆ちゃんは入れ歯を入れることをやめてしまった。
歯科医師としての技量が乏しいことを痛感させられた一例であった。
現在は、入れ歯を入れずにお食事を召し上がっている。
定期的に体調が問題ないか確認する目的で居室に伺ったりしているのだが、お婆ちゃんは、入れ歯がうまく入らなかった原因が自分だと思っている節があるようで、いつも居室に行くと、「その節はごめんなさい」と謝ってくる。
「謝る必要はないんですよ。」と説明するのだが、それでも謝り続けるので、歯科医師の立場上、胸が痛くなってくる。
お婆ちゃんは、よく煎餅や飴玉を施設に併設された商店に買いに行く。
入れ歯を使っていないのに、自前の歯ぐきで煎餅を食べてしまうのだ。
これには最初相当驚いた。
お婆ちゃんは飴玉を舐めることが好きで、特に黒飴がお気に入りのようだった。
居室に入ると、洋服タンスの上に山のように黒飴の袋が積まれており、ストックが切れないようにしているらしい。
なんでそんなに黒飴を好んで買うのか聞いたところ、「黒飴の味が懐かしくて好きなんだ」と言っていた。
お婆ちゃんは、水戸黄門も好きで、居室に行くと水戸黄門を見ながら編み物をしていることが多い。
その際、必ず口に含んでいるのが黒飴だ。
コロコロと口の中で黒飴を転がして舐めている。
「口腔ケアしましょうか」と促すと、その口の中に入れていた黒飴をちゅぽんとティッシュの上に出し、捨てずに置いておく。
ケアが終わった後に、またその飴玉を舐めるからだ。
口腔ケアが終わり「今日もご協力ありがとうございました」とお礼を言うと、お婆ちゃんはちょっと待ってと言い、洋服タンスの方に向かう。
そしてタンスの上に置いてあった黒飴の袋の中に手を突っ込み、黒飴を鷲掴み、それを私のポケットに半ば強引に突っ込んでくる。
最初はかなり抵抗して遠慮していた。
だが、毎度々「いいから持っていきな」と満面の笑顔でポケットに突っ込んでくるもんだから、そんな強引さがだんだん可愛く思えてくる。
今では無抵抗の状態で、ポケットを弄って「頂く」ことに感謝している。
そんな黒飴お婆ちゃんに胸キュンする。
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